充実した人生とは

7月18日に実母が永眠いたしました。「まめなか(元気な)便り」の冒頭に書くことではないかも知れませんが、何卒ご容赦ください。

母の86年の人生を振り返りますと、他人のために忙しく働いた人生であったように思います。
母は島根県職員として30年以上働きました。子どもの頃からずっと働いている印象しかありません。仕事をしなが ら、家に帰ると家事に子育てと、家族のために働き、そして仕事を退職して以降は民生委員として地域の人のために駆け ずり回っていました。
ずっと人のために働いていたので、老後は悠々自適、自分のための余生を楽しんで欲しいと願っていましたが、10年前に病に倒れて以降は入退院を繰り返した末に最期のときを 迎えたのです。次第に衰えて行くその姿を見ながら、私は「人の一生ってこんなものなのか。あんなに頑張ったのに報われ ることもないのか」と、悲しく切ない思いがしていました。
しかし、その思いは少し違っていたようです。

田舎ですので、お海やみ情報はすぐに近隣を駆け巡ります。驚くほど多くの方が弔問に来てくださいました。親戚はもちろん、何度もお見舞いに来てくださった友人の方々、そして 私が全く面識のない方もいらっしゃいましたが、その方々が 皆、母の顔を見て手を合わせ、母の名を呼びながら号泣してくださるのです。長い長い祈りの後、私に向かって自分は誰で、母とどれだけ親しくしていたか、「あなたのお母さんのおかけでね…」 両親と長男と切々と話してくださるのです。そんな方々の何と多いことか。その言葉その目、その想いにふれながら、母の人生は決して報われない人生などではなかったんだ、いやむしろ、本当に充実して幸せに満ちたものだったんだと解りました。
人生が充実していたかどうかが、亡くなった後にわかるなどということが良いのか悪いのかは今の私にはわかりません。ただ、目の前で起こっているその光景を見ながらなんとなく、それが「現世の利益」を超越した尊いもののように思えたのです。

生んでもらった恩育ててもらった恩見守り支えてもらった恩母からの恩はもう返すことはできなくなりました。た怠恩は返すよりも次世代へ送るものとも言われます。その言葉を救いとして、自分がしてもらったことを次の世代にどう送っていくかを考えたいと思います。その一方で、 「私は葬儀で泣いてもらえるのだろうか」などという不遜な心配、我欲からも離れられない、出来の悪い息子です。