ヤマタノオロチの足跡(2020年7月発行)

ヤマタノオロチをご存じでしょうか?一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤。体には檜や杉が生えており、腹は、いつも血でただれている…つまり、すごい風貌の大蛇です。ヤマタノオロチは神話の時代、出雲地方を流れる斐伊川に住んでいたと伝えられています。今回は私:あけみが、『ヤマタノオロチ伝説』ゆかりの場所を物語に沿ってご紹介します。


ヤマタノオロチ伝説とはある日、スサノオノミコトが斐伊川上流を歩いていると、一人の娘を囲んで泣いている老夫婦がいました。泣いている理由を尋ねると、「私たちには娘が8人いましたが、ヤマタノオロチが1年に一度やってきては娘たちを1人ずつ食べていき、最後の娘であるクシナダヒメも、もうすぐやってくるヤマタノオロチに食べられてしまうと思うと悲しくて、涙が止まらないのです」とのことでした。スサノオノミコトは、「私の言う通りにしたら、その化け物は必ず退治できます」と言い、老夫婦に強い酒を造るように伝えました。2人は言われたとおり八段仕込みの強い酒を準備し、それを八つの壺に入れ、ヤマタノオロチがやってくるのを待ちました。しばらくすると、ヤマタノオロチがすさまじい地響きを立てながらやってきて、ガブガブと豪快な音をたてながら酒を飲み、やがて酔っ払って眠ってしまいました。その時、スサノオノミコトが剣で切りかかり、ヤマタノオロチを見事に退治しました。スサノオノミコトは助けたクシナダヒメと結婚し、新居を構えました。


まずは、『天が淵』。ヤマタノオロチが棲んでいたと伝えられる場所です。斐伊川にあり、現在は上流にできたダムの影響からか川自体が浅くなりましたが、昔この辺りは水深が特に深く、濃緑の色をたたえた“淵”だったようです。


『釜石』は、老夫婦がヤマタノオロチに飲ませる酒を醸造するのに用いた竈です。造らせた酒は『八塩折の酒』という、何度も繰り返して醸造した、とても強い酒だったと伝えられます。かつては原料米を作った田んぼや、醸造に使う水を汲んだ池が近くにあったそうです。


『印瀬の壺神』は、ヤマタノオロチを退治するために造った酒を注いだ瓶です。ヤマタノオロチには八つの頭があるため八つの壺に酒が注がれました。そのうちの1つが地元の人たちによって大切に祀られています。今でも祟りを恐れ、壺は石で覆われ、周りは玉垣で囲まれています。


『草枕山』は、酒に酔ったヤマタノオロチが枕にして眠った山です。山が枕というと、ヤマタノオロチの頭はかなり大きかったと想像できます。


『八本杉』は、切り取ったヤマタノオロチの頭を埋めた場所です。スサノオノミコトは、ヤマタノオロチが再び生き返って人々に危害を加えないよう、八つの頭を土に埋め、それぞれの上に杉の木を植えました。八本の杉は斐伊川の氾濫により何度も流され、現在の杉は1873年に植えられたものだそうです。

最後に、『須我神社』。スサノオノミコトとクシナダヒメの新居です。スサノオノミコトが結婚したクシナダヒメと一緒にこの地を訪れたところ「気分がすがすがしくなった」としてこの地を“須我”と命名し、宮殿を建て住まわれました。後に神社になったことから、『須我神社』は“日本初之宮”といわれています。『須我神社』から約2キロ登った『八雲山』の中腹には須我神社の奥宮があり、『夫婦岩』が鎮座しています。この岩のご祭神はスサノオノミコトとクシナダヒメ、そしてその御子神のスガノユヤマヌシミナサロヒコヤシマノミコトです。

『夫婦岩』は近年、パワースポットとして注目され、多くの人が訪れています。


『ヤマタノオロチ伝説』ゆかりの場所を駆け足で巡りました。途中、ヤマタノオロチに似ている雲を見つけると、「やっぱり今もいるんだ」と思ったり…。皆さんもヤマタノオロチを見つけに来ませんか?