山地酪農の牧場(2020年6月発行)

山地酪農は、山林を牛の助力によって切り開くという考えに基づく酪農のやり方です。近年の効率を追求した酪農方法とは真逆で、牛本来の食性や行動を生かしながら牛を飼育します。山地酪農の牧場は全国に数ヵ所あり、出雲地方にも1ヵ所だけあります。それが『日登牧場』。日本で初めて低温殺菌牛乳を開発した『木次乳業』のシンボル牧場です。日登牧場では現在、17ha(東京ドーム約4個分)の山地を利用した放牧地で、ブラウンスイス種の牛が67頭飼育されています。今回は雲南市木次町にある『日登牧場』を訪ね、スタッフの山城 波輝さんにお話を伺いました。


あけみ「牛乳を搾る牛といえば白と黒の模様のホルスタインを思い浮かべますが、こちらの牧場にいる牛は初めて見る種類です。何という種類ですか?」

山城さん「ブラウンスイスという、スイスの山岳牛です。この牛は足腰が強く、急な斜面でも驚くほど元気に駆け上がります。ホルスタイン種と比べると1日に搾れるお乳の量は少ないのですが、性格が穏やかで飼いやすいのが特徴です。酪農王国・北海道と比べ高温多湿である山陰の環境に順応し能力を発揮できる牛を探したところ、ブラウンスイス種に辿り着き、苦労して輸入したと聞いています」

あけみ「山地酪農は放牧するだけに、牛舎での飼育に比べて搾乳などの効率が悪いような気がしますが、こちらの牧場ではなぜ、山地酪農をされているのですか?」

山城さん「ここは木次乳業が、中山間地と呼ばれるこの地域での酪農のあり方を求めて作った牧場です。山を平らに切り開くのではなく、山の地形をそのまま生かしたスイス・モンブランの牧場を再現しています。牛さんたちは野山を動き回ったり草を食んだり、日中は好きなように過ごします。そうすることで運動量が増えると共にストレスが少なくなり、牛乳中の機能性たんぱく質や共益リノール酸が増えると言われています。山地酪農は牛さんが幸せであるだけでなく乳質の面でも得るものが大きいのです」

あけみ「山城さんはどうして日登で働きたいと思ったのですか?」

山城さん「私は岡山にある酪農大学校を昨年3月に卒業し、こちらに就職しました。ブラウンスイス種を山地酪農で飼育しているということにとても興味を持ったので、ここで働きたいと思いました。私には将来、自分の牧場を持ち、そこで搾った生乳でチーズ作りをしたいという夢があります。夢を現実にするために、大学校の研修で6次産業化をおこなっている数ヵ所の牧場へ行きましたが、完全放牧酪農で子牛さんが寒さのため越冬できず亡くなってしまったり、チーズ作りに追われ牛さんの世話に手が回っていなかったり、労働がハードすぎて人間が疲弊してしまったりなど、それぞれの牧場がそれぞれの問題に直面しており、理想と現実のズレを感じました。6次産業化の実現のためには超えなければならないハードルがたくさんあることを実体験から痛感しました。そんな酪農の状況の中で、日登牧場はスタッフのことを大切に考える牧場で、労働時間は8時間で休憩があり体力を温存できることで仕事がしやすく、牛さんの健康状態などをちゃんと見ることができるように思います。休日もきちんとあってプライベートな時間をしっかり持てるので、酪農について勉強する時間と酪農のことを忘れる時間の両方を持つことができます。この牧場へ来て、酪農は牛さんが元気であることはもちろん、人間が元気であることもとても大切と思うようになりました」


あけみ「これまで仕事をしてきて、いちばんうれしかったことはどんなことですか?」

山城さん「自分が人工授精をした牛さんが生まれたことです。私は牛さんのお世話をしながら人工授精もおこなっていますが、入社してすぐに人工授精をした牛さんが今年2月に子牛を産みました。出産の時にはお母さん牛の様子をずっと見守っていたのですが、子牛の顔が見えた時は元気そうで安心し、無事に生まれてきてくれた時はうれしさがこみ上げました。自分が産んだわけではないけれど我が子のような感じがして、一生懸命立ち上がりようやく歩けるようになった子牛さんの姿が愛おしく、その日は仕事が終わったあと何時間も様子を見ていました」


山城さんが牛のことを“牛さん”と呼ぶのが印象的で、日登牧場は牛の幸せを考える牧場なのだなと、ひしひしと感じました。これからは少し高価でも、幸せな牛さんのお乳を飲みたいと思います (あけみ)